――『わたし』というタイトルは全曲できあがった段階で付けられたのですか? 柴田さん そうですね。3rdアルバムを出した後、この1年は自分にとってとてもつらい時間だったんです。いろんな気持ちが心の中にあるんだけれど、自分と対峙できないくらい、自分がわからなくなってしまって。先行シングルの『ちいさなぼくへ』と『白い世界』はそういう経験をしたからこそ出来上がった2曲なんです。それをきっかけにしていろんな曲を作っていったんですけれど、これまでにはない抽象的な歌詞が多くなっていて、今までの私には見えなかった世界を見ながら、一番心が敏感になってるような、そういう精神状態で作り上げたんですね。だからこれは、今の私をすべて告白しましたっていう感じで。でき上がったときに、まさにこれは私自身だなぁって思ったんです。 ――『ちいさなぼくへ』は自分の心が見えないつらさが伝わるせつない歌ですね。 柴田さん これはもろ引きこもっていたときの気持ちそのものだったりして。自分で書きながら泣いてしまったんですよ。あまりにも今の心情を出してしまったので、メロディができて歌詞を書いたときに、自分の心にダイレクトに響いてきちゃったんですよね。自分で書いておきながら、自分の傷口を開いてシクシクやってるみたいな感じで(笑)。 ――そして『白い世界』は「再生」がテーマだとか。 柴田さん これもまた制作中に泣いちゃったんですよ。自分自身がわかんなくなっちゃっている状態の中でメロディができて、アレンジャーからラフのデモテープが返ってきたときに、ようやく客観的に自分の曲を聴けたというか、私はまだやっていけるって思って、号泣してしまって。そのときに歌詞の半分くらいが一気にできたんです。決してエネルギーみなぎる人の第一歩ではないけれど、なんにも無くなって空っぽになっちゃったかもしれないって思うときって、真っ白なら自分で最初の一歩から自分で描いていけばいいわけですよね。一歩が二歩になり、二歩が三歩になり、それが気づけば道になるっていう。そういう意味で、真っ白ってゼロなんじゃなくて無限大なんだなって思って。そのときの気持ちをそのまま描いたんです。 ――アルバムの最後に収録されている『わたしの夢』では、タイトル通り柴田さんの夢だったオルケスタ・デ・ラルスの塩谷哲さんとの共演を実現されたわけですが、その制作エピソードを聞かせてください。 柴田さん 塩谷さんは私が15歳のときからあこがれていた方なんです。大学生のときにレコーディングを見学させてもらったりして、私のデビューから今までのことを全部知っていてくださっているんですね。で、一緒にやろうよっていつもアプローチされていたんですけれど、私自身にそれを受ける覚悟がなくて。塩谷さんに手加減してもらって私のレベルまで降りてきてもらうのがイヤで、私が塩谷さんのところまで辿り着きたいって、生意気なことを言っていたんですよ。でも、それはまず不可能なことだって、最近ようやく気づいたんです(笑)。それでやりたいことがあるなら全部やっちゃおうっていう気持ちで開き直って、今回の共演が実現したわけです。私にとっては13年越しの夢だったんですけれど、レコーディングはクリックなしの一発録りだったんですよ。3回歌った中で1回目のテイクがダントツに良くて。本当の意味でのファーストテイクだったから、やっぱり13年分の想いがあったんでしょうね。それを収録できたのはよかったなって思います。終わったときは号泣でした。本当にうれしかったし、感動して13年分の涙が流れたみたい。今回はホントに涙の多いレコーディングでした(笑)。 ――音楽活動をする中で、塩谷さんから受けた影響はやはり大きいですか? 柴田さん そうですね。音楽ってこういうものだっていうことを、ずっと教えられてきたので。その中でも「音楽は嘘をつけない」「自分が嘘をついて曲を作っていたら、嘘つきな音楽になる」っていうことは、自分でも身をもって感じています。 ――ところで、普段はどんなときに音楽を聴くことが多いですか? 柴田さん CDをかけて聴くというよりも、音楽は常に私の中で流れているんですよ。自分の曲だったり、生活の中で聴こえてきたメロディだったり。一時期、頭の中で美空ひばりさんの『りんご追分』がずっと流れていたこともありました(笑)。でも、たとえば部屋の掃除をしているときとか食事のときなんかは、ラジオやCDで音楽を流していますね。何も考えたくないときに音楽が流れていると、そこに自分の気持ちを入れていけるから、考えなくてすむんですよ。現実逃避じゃないですけれど、そういうときぐらい心配事はよそう、みたいな(笑)。そんなときに音楽って聴きたくなりますね。 ――リスナーには柴田さんの音楽をどんなときに聴いてもらいたいですか? 柴田さん ファンの方には、私の音楽って「みんなでいるときに聴きたくない」ってよく言わ れるんですよ。ホントにもうひとりでステレオに向かって聴いている、みたいな。そういう風にじーっと聴いてくれるのはすごくありがたいことですね。私自身はこういう風に聴いて欲しいっていうのはなくて、マイペースでやっているので、みなさんにも本当に聴きたいなって思ったときに聴いてもらえたらいいなって思います。 ――最後に、今後の抱負を聞かせてください。 柴田さん とにかくなんでも挑戦していきたい。音楽でも、それ以外でも。前にテレビのナレーションをさせていただいたんですけれど、すごく面白かったし、勉強になりました。こういう仕事をしているからこそ、普通の生活じゃ見られない世界が見られて、しあわせな職業だなって思うんですけれど、それでもまだ私の知らない世界は多くて。私はホントに好奇心が旺盛なので、これからも自分が知らない新しい世界を見ていきたいです。昨年、つらい時期を経験して実感したのは、引きこもっていても私の歌は誰にも届かないっていうこと。柴田淳って、みんなに忘れられたら存在しないものなんだな、死んじゃうものなんだなって思ったんです。みんなの心の中に柴田淳が存在していたいっていう思いは、生きていたいっていう意味でもあるんですね。だから、常にみんなの中に自分を生かしておきたい、常に身近に感じてもらえるように存在していたいです。